50日目 家は大きな木 WEB家づくりセミナー
2018年 12月 11日
本日最終日、うわわあわ
、、、、ひづけが、、、、最終日に間に合わなかった、、、、あってはならない痛恨のミスです。
動揺してますが気を引き締めて、、、建築家の大塚です
50日目 家は大きな木 WEB家づくりセミナー
今日はわたしの家のイメージについてお話ししたいと思います。
私が杉浦伝宗先生のところで学ばせていただいてたときから感じていたこと。「家は大きな木」ということです。その家がどんなに小さな家だとしても家族を静かに見守りながら外界から優しく包みこみ、その家族にしかつくれない素敵なストーリーをつくっていきます。家はそのストーリーの背景としてあります。あくまでも脇役です。そこに住まう人が主人公で家は単に背景でしかないのですが、脇役が良ければ良いほど主人公の家族が引立つものだと思います。家が家族にできることは沢山あります。
私は中学2年生のとき、家がほぼ全焼しました。残ったものは学生カバンと学生服だけとなりました。当たり前のようにあった家がなくなって初めてその大きな存在を知りました。ただ、家族は家があろうとなかろうと同じ仲間であり、その関係性に何ら変わりがなく、信頼性、愛情という目に見えないものは、物質的なものとは関係ないんだな、といったことをこのときからよく考えるようになりました。ようするに家というのはこころをデザインするためのもの、道具だったのだと。
、、、、ひづけが、、、、最終日に間に合わなかった、、、、あってはならない痛恨のミスです。
動揺してますが気を引き締めて、、、建築家の大塚です
50日目 家は大きな木 WEB家づくりセミナー
私が杉浦伝宗先生のところで学ばせていただいてたときから感じていたこと。「家は大きな木」ということです。その家がどんなに小さな家だとしても家族を静かに見守りながら外界から優しく包みこみ、その家族にしかつくれない素敵なストーリーをつくっていきます。家はそのストーリーの背景としてあります。あくまでも脇役です。そこに住まう人が主人公で家は単に背景でしかないのですが、脇役が良ければ良いほど主人公の家族が引立つものだと思います。家が家族にできることは沢山あります。
私は中学2年生のとき、家がほぼ全焼しました。残ったものは学生カバンと学生服だけとなりました。当たり前のようにあった家がなくなって初めてその大きな存在を知りました。ただ、家族は家があろうとなかろうと同じ仲間であり、その関係性に何ら変わりがなく、信頼性、愛情という目に見えないものは、物質的なものとは関係ないんだな、といったことをこのときからよく考えるようになりました。ようするに家というのはこころをデザインするためのもの、道具だったのだと。
家についての空想は今も尚続いています。正解が見つかってはまた遠のく、、、と言った感じであり、わたしにとって永遠のテーマです。
家という木は住まう人たちで育てられていくものではないかと思います。
家は家族を見守りながら家族が育てる。。。。家族の一員のような存在です。
家は家族を愛し見守る存在です。どうぞあなたらしい素敵な家を。
家という木は住まう人たちで育てられていくものではないかと思います。
家は家族を見守りながら家族が育てる。。。。家族の一員のような存在です。
家は家族を愛し見守る存在です。どうぞあなたらしい素敵な家を。
今日はここまでです。
最後まで読んでくれてありがとう。
最後の最後で一日まにあわず、、、応援してくれてた方にも申し訳ありません。
ひと眠りします。またあとで。
最後の最後で一日まにあわず、、、応援してくれてた方にも申し訳ありません。
ひと眠りします。またあとで。
Good Day☆☆★
by noanoa_labo
| 2018-12-11 00:45
| 小さな家を成功させる法則
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